【創刊記念インタビュー】関根健次さん/ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役

Check【創刊スペシャルインタビュー】 ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役 関根健次さん    ■自分のことは自分で決める。 石渡:関根さんはユナイテッドピープルを立ち上げ、「イーココロ!」「クリック募金」「署名...

【創刊スペシャルインタビュー】

ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役

関根健次さん

  

■自分のことは自分で決める。

石渡:関根さんはユナイテッドピープルを立ち上げ、「イーココロ!」「クリック募金」「署名TV」など、社会の問題と向き合うオリジナリティのあるウェブサービスを次々と立ち上げていますが、いつ頃から起業をすることを意識されていましたか。

関根:僕は小学校6年の頃には、すでにサラリーマンにはなりたくないと思っていましたね。それと小中高とテニスばっかりやっていた少年でした。でも芽が出なくてプロで生きていく道は捨てました(笑)。それに、日本の大学に入ることは全然考えていなくて。日本の大学に進学すれば、きっと勉強しないで、サークル活動しながら遊んだり酒飲んだり。そういう生活になるだろうというふうに先が見えてしまって興味がなかったんです。自分は自分をどんどん追い詰めていくタイプで、チャレンジングな道を選び、みんなが選ぶ道は選ばないぞ!みたいな。

石渡:アメリカの大学進学を決意したのもそうした理由からですか。

関根:アメリカの大学のように、入学するのは簡単だけど卒業するのは難しいという環境で自分を鍛えていくほうがいいだろうと自分で思ったのです。おかげで苦労も多かったけど充実もしていました。実際に行ってみると挫折もたくさん味わいましたが、アメリカの大学は自分の成長の現場だったと思っています。

石渡:留学は誰かにアドバイスされたとかではなく?

関根:自分で考えて決めたことです。僕は小学校の高学年ぐらいから「自分のことは自分で考えろ」という親の教育を受けてきましたからね。自分が何をするかという決定権は常に自分が持っていました。そのくらいの頃から、社会や他人には任せない、自分で自分の人生を切り開く、そんな人間でした。
父親は社員数名の小さな自動車修理工場をやっていたんですが、通勤電車にのらず、ス-ツも着ない。自分のペースで働いている特有の自由さを見ていて、いいなあと。自分で会社をやりたいと思ったのはそういう父の背中を見ていたこともあるんでしょうね。

アメリカ留学を決意。宇宙工学か環境学の分野に進もうとしたが

関根:中学3年の頃にレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を読んだのですが、その内容にはかなり衝撃を受けました。このままでは地球はまずいことになる、地球環境問題をなんとかしなければと思って、そこから宇宙工学か環境学を勉強したいと考え始めたんです。ですからアメリカの大学選びでは環境問題について学べる大学を捜したのですが、アメリカではトランスファー制度(※他大学へ編入できる制度)があるので、最初に入る大学にはあまりこだわらなくてもいいと分かり、留学カウンセラーのアドバイスでリベラルアーツ系のベロイト大学に決めました。
大学入学後、環境学を学ぶために必要だった生物の授業が難しくて全然できなかったんです。これでは環境学を専攻するのは無理だと思い、3年次から経営学を学ぶことにしました。起業家精神を学べる授業があったので受講してみると、まさに起業家としての心構えを徹底的に仕込まれました。授業には次々と事業で成功した先輩がやって来ては「早く大学を辞めて、会社を興しなさい」とアドバイスされることもありましたね(笑)。

石渡:中国への交換留学もされていますよね。なぜ中国だったのですか?

関根:大学では外国語の単位取得も必要でした。深く考えずにスペイン語を選ぶと、明らかにアメリカ人の上達スピードと僕の上達スピードが違いました。英語もスペイン語もラテン語をルーツとしているからでしょうか。授業を2、3回受け、きっぱりスペイン語習得を諦めた僕は、すぐさま中国語クラスへ移りました。中国語なら漢字だし楽勝だろうと思いましたし、経済発展の目覚ましい中国の言語を会得しておけば、いつか役に立つだろうという考えもありました。
実際、中国語のクラスに入ってみると案の定楽勝で(笑)。アメリカ人が漢字で苦戦しているところを、すいすいと次のレベルに進めました。成績も確かオールA。そのままの勢いで中国の大学への交換留学が決まりました。

石渡:中国での留学生活はアメリカと比べてどうでしたか?

いざ中国の大学に行ってみると授業がつまらない。一方的に教授が生徒に講義するだけで、テレビ画面を見ているような授業でした。一ヶ月もしないうちに学校に行くのはほどほどにして、実践で中国語を学ぼうということで、アルバイトを始めました。アルバイトを通じてたくさんの中国人の仲間ができました。バイト先で、「お前、どこから来たんだ?」と聞かれたものですが、「日本人だがアメリカの大学から来た留学生だ」というと「はっ?」って感じ。自分でも自分のアイデンティティーがよく分らなかった時期でした。根無し草状態ですね。
いづれにしても、このようにアメリカ留学の先には思ってもみなかった展開が待っていました。僕にとってのアメリカは世界への扉。中国への留学のみならず、夏休みなどにはアメリカを起点にヨーロッパ各地を旅したものです。アメリカに留学して世界がぐっと近くなったように思います。

 

日本に帰国して就職。しかし転々と転職することに。

石渡:アメリカでそのまま就職してみたいとは思わなかったのでしょうか?

関根:ベロイト大学在学中に、州政府機関でインターンをしていました。当時、日本ではインターンという制度もシステムもほとんどありませんでした。商務省での仕事で日本人ということもあって日本と関わる業務だったのですが、働くなかで自分は日本のことを全然知ず、何もできないということがわかりました。それで帰国して日本でいったん就職して経験を積もうと決めたのです。大学時代は起業するんだと周囲に言い触れ回っていて、当時はワインの貿易商社を作ろうというのが夢だったんです。それで日本では総合商社や食品商社での仕事を希望しました。ただ、僕は食品にしか興味が無かったので、大手商社も受けましたが、「化学プラント事業をやってほしい」と言われて「イヤです」とはっきり断ったりしていました。ワインに関わる仕事しかしたくなかったんですよ。だから中小企業の食品商社に決めたのです。
ただ、その会社にはだまされまして。。笑 結局一年もたたずに会社を辞めました。
その後、2社勤めたのですが、それぞれ1年以内しかいなかった。2社目はやりたいことが無くなったので辞め、3社目は身体を壊して辞めました。ホップ・ステップ・ドボンって感じ(笑)。でも後半の2社では凄く貴重な経験をさせてもらいましたから、今でも入社してよかったと思っています。

石渡:ご両親からは何も言われませんでしたか?

関根:親は最初の会社をやめるときはよく考えろと反対されていましたが、その後は何も言われなかったですね。自分で決めるという教育方針はそんな状況でも変わらなかった。ただ、3社目で身体を壊すまでボロボロに働いたときは、そんな会社すぐに辞めろと言いましたね。

石渡:やりたいことがやれず、仕事に飽き、身体を壊すまでボロボロに働く。それだけ聞いたらすごくネガティブな印象受けますが、関根さんはどう感じていましたか?

関根:最初はの会社は今でも大嫌い。2社目と3社目は経験上最高でしたからネガティブには全く捕らえていません。過去のキャリアをどう読み解くかということが大切だと思うのです。結果的にはその後起業することができ、そのための準備期間として肯定的に捉えています。今の自分にいたるステップアップとしては欠かせなかった経験なんです。

転職の合間にはとにかく「旅」をした。

石渡:転職の間には何を考えていましたか?また何をしていたんでしょうか?

関根:転職の合間には大体数ヶ月間の時間があって、会社を辞めるたびに旅をしていました。二回目の転職の時は、香港とフィリピンにひとり旅。フラーっとホテルも決めずに。長期間の旅ではなかったのですが、短くてもいいから次に何をするかをじっくり考える時間を作っていましたね。自分を今の生活や環境と全く無関係のところに置いて、いったんリアルな自分と切り離すことで空白な時間ができます。実は空白のようで空白ではない。究極的客観的に自分を見つめることができるのがひとり旅の醍醐味ですよ。それに、ハプニングを受け入れられる余裕をつくっておくことが大切。スケジュール負われるような旅は時間がたっぷりとある学生時代にはもったいないです。もっと自由に、時間的な余裕を作ることではないでしょうか。

石渡:今ならどんな旅がしてみたいですか?

関根:「住む」「学ぶ」というスタイル。旅というよりも「暮らす」ほうがより深まる。旅は移動したり動き続けることで次のプランや行き先を考えなくてはならないが、どこか一箇所に滞在してじっくり暮らしながら旅をするスタイルがしたい。例えば、インドのアシュラムなんかがいい。ヨガができるところで一ヶ月滞在してじっくりとヨガをする暮らしをしてみたいな。

 

社会が必要としているからやるのか、自分がやりたいからやるのか。

石渡:今年も新卒の就職活動は大変厳しいですね。

関根:新卒の就職活動で迷っている人もいると思いますが、正直そんなに焦る必要はないと思います。新卒でまともな就職ができないからといって終わりじゃない。スタート地点なんてどうでもいいんです。何がやりたいかってことを突き詰めると、何とどういう選択をすればいいか見えてくる。実はすごくシンプルなんですよ。大企業がいいとか安定した業績の会社がいいとか、それを大否定はしませんが、中小企業のほうが一人の人間としてやれることが多いんです。いろんなことを任せれるし充実感もある。これから中小企業がもっと輝く時代になると思います。

 

石渡:ユナイテッドピープルは今年から千葉に移転したのもそんな考えからでしょうか。

関根:地方には魅力的な町や企業がたくさんある。自分が住みたいところを決めて、やりたいところを決めて、その周辺で中小企業を探してみるというキャリアの作り方もありですよね。インターネットで今は探せる時代ですし。地方の中小企業のほうが幸せ度が高くなるケースもたくさんあると思いますよ。今のユナイテッドピープルの環境は本当に幸せ度が高いと思っています。

世界的に分業化と効率化が進み、多くの人や物が一極集中し、建物が上に伸び、そこに人が住む。窓を開けられず風にも触れない。土にも触れない。季節の移り変わりもわからない。そんな暮らしよりも、地方でそうしたものを感じながら働くほうが、より豊かな暮らしができる。今となっては都市部のビルはなんだか蜃気楼のように見えてしまいますね。今思えば経験としては良かったけれどつまんなかったって。今はもう戻りたくはないですね。無理無理(笑)

 

石渡:でもそれは経験して初めて言えることでは?学生にとっては、都会のライフスタイルや大手企業に勤めることへの魅力は大きいのではないですか?

関根:今までの日本って、一流大企業に勤務し、都心の勤め、お金を稼いで欲しいものを手に入れる-それが豊かさの象徴で、それが日本はずっと続くだろうと思っていたんですよ。でも、大企業でも簡単に潰れる会社が出てきて、終身雇用制度もなくなり、日本経済は不況。でも働かなければ食べて行けないし自分で自分を守らなければならない。そんな都市型ライフに大きなストレスがかかるんです。地方にはまだまだ沢山のフロンティアがある。そういう価値観にも触れて、当たり前だと思っていたことが、そうじゃないということを見てほしいと思います。もちろん、大手企業に勤めて働き甲斐を感じる人はそれも幸せだと思う。でも、それを得られないからといって、無理して100社の企業を受け続けるより、やりたいことができる中小企業や地方の企業を選んだほうがよほど楽しい人生に近づくんです。都会にいけば豊かになれるというのも思い込みに過ぎないです。逆に「地元や地方にいても豊かに暮らせるかもしれない」という発想も働かせるべきですね。

石渡:先日ある地方の出身の学生に、自分の故郷に戻って働く選択もあるんじゃないか?と言ってみたんです。そうしたら「自分の親も町の人たちも変わろうという気がないんですよ」と。だから地元に戻って家業を継いで働くという選択は今はないと言っていました。

関根:自分が変えるんだという意識ですよ!それでは自分の人生に無責任ですよね。すべて他人任せじゃないですか。国のせいだ、政治が悪い、社会が悪い。。何でも人のせいにしている。自分が自分の責任において会社や暮らす社会を選んでいるんです。誰かが作ったものに文句を言うのではなく、自分で変えていけばいい。僕は仕事は自分で創っていくものだと思っていますから、与えられた役割をこなすだけで充実感って満たされるものなんだろうかと疑問に感じますね。

もちろん、大企業で役割を担って働くのはそれはそれで必要だけれども、自分で何かを創り生み出していく。組織や社会や誰かに委ね、国を変えるとか世界を変えるとか、大きなものばかりに目を奪われずに、身近で小さなものからなら変えられる。まずは身近なところに変化を起こすことに価値があるんだと思う。

石渡:ユナイテッドピープルでは「幸せの経済学」という映画を、2011年5月22日の国際生物多様性デーに、日本全国113カ所一斉上映会を開催し成功されました。映画の舞台となっている「ラダック」とはどんなところなのでしょうか。

「幸せの経済学」6/24まで渋谷アップリンクにて公開中

関根:ラダックというところは大自然に溢れているイメージがあると思うのですが、実は日本のほうがよほど自然に溢れ美しく暮らしやすい。ラダックは3000mを超えた高山で乾燥地帯。年間5ヶ月くらいは何の作物も育たないという非常に厳しい自然環境です。日本には、海があり、山があり、四季があり、放っておいても青々とした草木が一年中育ちます。そんな自然の豊かさは日本のほうが素晴らしいんですよね。でも、心の豊かさでいえばラダックのほうが断然上です。僕自身はラダックへ行ったことで、新たな豊かさの基準を持てた。機会があれば、この映画を見ることでみなさんにも新しい基準を持ってほしい。

石渡:最後に学生や読者の方にメッセージをお願いします。

関根:みんな自分の人生が他人任せになってないかな。もし人間に3つのタイプがいるとすれば、ひとりは批判家、ひとりは天気予報士、ひとりは行動家で切り開いていく人。多くの人は真ん中の「天気予報士」になりがちだが、行動し切り開く人になれば、成功しても失敗しても自分の行動に責任を持てるので何事も充実していきます。そして、何事もシンプルに考えて行動する。ゴール設定をすれば選択肢が見えてくる。そのゴール設定をまずしっかり行なうこと、そしてそこに向けて意識しながら責任をもってコマを進めていくことだと思う。そして、是非ひとり旅をして欲しい。経験、香り、土ぼこり、情景、出会った人々、想い。まるで地球が生きていいるかのように捉えられ、頭の中で地球全体の画が描けるようになって欲しいと思います。


プロフィール
関根健次 Kenji Sekine
ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役
1976年生まれ 神奈川県藤沢市出身。
ベロイト大学経済学部卒業(アメリカ)

大学の卒業旅行で偶然パレスチナ・ガザ地区への訪問がきっかけで、
世界の問題解決を目指し2002年に起業。
2003年5月にNGO/NPO支援のための募金サイト、イーココロ!を立ち上げる。
その後、ネットでの署名活動ができる署名TV、チェンジメーカー育成、旅の大学BADO!
などをリリース。
2009年からは映画配給事業を開始。「アリ地獄のような街」「幸せの経済学」を上映。
2011年9月にはUFPFF 国際平和映像祭を開催予定。
ソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ)フェロー。
著書/「ユナイテッドピープル」

ユナイテッドピープル http://www.unitedpeople.jp/
幸せの経済学 http://www.shiawaseno.net/