“できるかできないかじゃなく、やるかやらないか”/三井俊介さん(法政大学)【ギャッパーインタビュー13】

今回は法政大学法学部の三井俊介さんに取材しました。「サッカー×国際協力」を軸にチャリティフットサル大会を運営する学生団体WorldFutを立ち上げ、卒業後は岩手県陸前高田市で活動をする予定。「できるかできないかじゃなく、やるかやらないか」をモットーに生きてきた三井さんの、休学についての考えと、三井さんの大学生活を追っていきました。

 

「できるかできないかじゃなく、やるかやらないか」

三井俊介/法政大学法学部国際政治学科4年

 

今回は法政大学法学部の三井俊介さんに取材しました。「サッカー×国際協力」を軸にチャリティフットサル大会を運営する学生団体WorldFutを立ち上げ、卒業後は岩手県陸前高田市で活動をする予定。「できるかできないかじゃなく、やるかやらないか」をモットーに生きてきた三井さんの、休学についての考えと、三井さんの大学生活を追っていきました。


 

一年遅れても関係ない

編>なぜ、休学という手段を思い立ったのですか?休学するまでの経緯を教えてください。

三井>ノリ。本当にノリだった。今思い返すといろいろ理由を後付けできるんだけど、簡単に言えば、親しい友人が「英語喋りたいから休学するわ!」って言い出して、そこで俺も「あ、俺も喋りたいし、海外で生活もしたい!」って思った。そこからは2週間で書類揃えて、そこで初めて「休学する」という意思を親に伝えて、はんこだけ押してもらうという状態にした。最初は「英語を話したい」「海外生活を送りたい」それだけ。将来にどう繋がるとかじゃなくて、ただ単純に楽しそうだったし、時間があったから。別に一年遅れても関係ないじゃんね。

編>休学して、WorldFutを作り上げる、ということではなかったのですか?

三井>もともと、この団体を運営するために休学するという意志はなかった。まぁ休学という手段をとったことによって結果的に海外で大会を開いたり、いろいろ出来たけどね。休学という選択をしてから、あらゆる選択肢が増えたことは確かだね。

 

編>WorldFutってどういう団体なんですか?

三井>幸せと笑顔で溢れる世界を作るために、WorldFutは全ての人々に「きらきら」笑って暮らす「きっかけ」を提供します。HPを見たほうが早いかな。

[詳しくはこちら学生団体WorldFut公式HPhttp://worldfut.web.fc2.com/

 

編>なぜそういう団体を作りたかったのですか?

三井>それまでずっと、茨城県のつくば市で生まれ育って、それまで東京にも行ったことなかった。茨城県のつくば市、それが俺の世界だった。そんなとき「世界がもし100人の村だったら」という本を高校生のときに読んで、ショックを受けたんだ。世界ってこんなにも広いんだ、と。自分が知らない世界がこんなにあるんだ、と。ならば世界中いろんなとこ行って遊んでみたいなと思った。「遊ぶ」というのも観光ではなくて、農村とかに入り込んで言葉が通じない人たちと酒飲んで騒いで・・・ということをしたかった。ではどうやったらそういう「遊び」が出来るかと考えたときに、「国際協力」って言葉が出てきたんだ。だから大学は法学部の国際政治学科に進学した。

 

編>世界を見たくて、遊びたくて、国際協力に興味を持った。ということですか?

三井>そうだね。そして、大学一年生で勉強していくうちに「なんで国際的な問題は解決されないんだろう?」と興味を持ち始めた。その時に思ったのは、こういう問題を作り出しているのは、一人ひとりの心なんじゃないかって。世界のシステムが問題を作っているんじゃなくて、そのシステムを作った一人ひとりの人間の心が問題を作っているんじゃないかって。だからその一人ひとりがそういったことに興味を持ってくれないと、結果的に解決出来ないんじゃないかと思った。ではより多くの人に国際協力について興味を持ってもらうにはどうしたらいいかを考えたら、「エンターテイメント×国際協力」が出てきた。できるだけ国際協力についての敷居を低くしようと考えていたんだ。

そんなことを考えていたらある友人から電話がかかってきた。内容は中田英寿のチャリティマッチに感銘を受けて、「チャリティフットサル大会をやりたい!」ということだった。俺も単純にいいなと思った。そうやってエンターテイメントのところがサッカーになったんだ。これならやりたいことができそうだ、と。そしてその友人と2人で立ち上げたのがWorldFut。あと、大学生活が物足りなかったってのもあるね。

編>大学生活、どこか物足りないと感じる学生は多いように思いますが、三井さんはなぜ物足りないと感じたのでしょうか?物足りないという理由で団体を立ち上げたのでしょうか?

 三井>当時は遊びもアルバイトも一生懸命やっていたけど、つまらないと感じていたのは自分の将来とどうしてもリンクしていると思わなかったからかな。でも、大学生活に不満を感じて団体を立ち上げたって言うのは、ちょっと本質とずれている気がするんだ。大学生活を輝かせるためにやっている、というのは違う。俺が団体を立ち上げた理由は、今までの自分の日常生活に「国際」というキーワードがなかったから。でもWorldFutとして活動をしていけば「国際」のニュアンスが自然と入ってくる。興味のある分野を身近なものにするために、自分で環境を創り出したんだ。そういう団体で仲間たちと切磋琢磨しながら活動して、社会に貢献できる人材になれたらって思うし、海外に対して取り組むことに意味があると思っているよ。

編>休学という決断をしたときの、両親の反応はいかがでしたか?

三井>書類とかすべて用意して、はんこだけ押してもらう状態にして親に持っていったら「おまえ何やりたいの?」って言われた。そこで俺は「英語を喋りたいし海外生活を送ってみたい、これがなにかしら自分の将来に繋がると思っている。明確には見えないけど探したい。」という風に返したんだ。そしたら親父は「なんだか正直よく分からないけど、やりたいことがあるんだったら、お金に関してはなにも心配するな。ただしっかりやってこいよ。」と言われた。反対はされなかったけど、釘は打たれたよね。一人暮らしのときも、これから陸前高田に行くって決めた時もそう、「やりたいならやってこい。止めないから。ただちゃんと説明してくれ」というのが親のスタンスだった。その時に、この人には敵わないなぁ、と思った。もし自分が親になったら、子供にはそう言いたい。

休学って、たしかに大きな決断で、親と意見ぶつけ合うし、自分というものをすごく考える。休学中海外にいた時も、週に1度は必ず連絡を取っていた。そういうコミュニケーションがあったから、親の理解も深まったんだと思う。今でも、東北に行く、起業するって言っても、基本的にはゴーサイン。ずっと見てくれているんだなって思う。これからもきっと、いい理解者でいてくれると思う。

編>休学中の具体的な活動内容を教えてください。

三井>予定としては、カナダで6ヶ月間語学、ワーホリをやって、そして南米を旅したかった。旅の内容はあえて決めなかった。というのも、いろいろ制約つけると、あっちで自由な発想ができないと思ったから。絶対にこれだけはやろうというのは語学だけ。あっちで思ったことをそのままやろうと思った。
実際は1ヶ月間語学、2ヶ月間ビジネススクール、2ヶ月間は週に2回のインターンをした。語学学校とビジネススクール在学中は、朝9時から16時まで授業。16~17時お昼寝。19時~翌2時まで勉強。その間にWorldFutの資料も作ったり、英語の勉強も徹底的にやった。今思うとストイックだったね。そんな中カナダで初めて、WorldFutとしてチャリティサッカー大会を80人規模で開いたんだ。英語だから伝えることは難しいと感じていたけれど、しっかりと参加者の心に響いたと感じた。世界がちょっと変わった瞬間だった。そしてその収益金でボールを買ってボールと一緒に自分もブラジルに行った。そしてブラジルでもチャリティフットサル大会を開いたんだ。その収益金を使って、コーンとビブスとホイッスルを購入し、サッカースクールを開校した。その後カナダへとんぼ返りして、丁度一ヶ月間あったからひたすら勉強した。日本に帰ったら慌ただしくなるのが目に見えていたから、最後の集大成として本当によく勉強した。

カナダでのチャリティフットサル大会の写真

 

編>なぜブラジルに支援したのですか?

三井>WorldFutの支援の仕組みを完結させたかった。カンボジアにしてもよかったんだけど、ブラジルにした理由は、目に見えなかったから。まだその時はカンボジアに行ったことがなかったし、この目で確かめないと本当に良いことかどうか分からなかったから。自分も実際にその現地に行く事が大事だと思ったんだ。当時は机上の空論だったから、一つずつ自分で体感しながら形にしていきたかった。

編>どうしてサッカースクールなんですか?

三井>ブラジルのファベーラ(貧困街)の子ども達は球蹴りしかしてなかったんだ。球蹴りとサッカーは違う。これでは勝ち負けや友情だったり、大切なものが学べないと思った。技術的なところは育っても人間的には育たない。それなら、そういう場所を提供しようと思った。コーチからがつんと怒られて、強くなる。実際開校してみたら、本当に楽しそうにしていて、教えられる喜び、競い合う喜びが得られているんだと思った。キラキラな空間を作り出せた。WorldFutがやりたいことに近づけた気がした。

ブラジルでのサッカースクールの様子

 

<次のページへ>

Pages: 1 2