矢萩邦彦
株式会社スタディオアフタモード 代表取締役 CEO
第1回『日本を選択いたし申候』
思い起こせば、人生ギャップイヤーみたいなもので、僕はいつも本流から逸れることを志向してきました。ギリシャの哲人エピクロスは物体が気紛れに本流から逸れることを「偏奇」と呼び、その気紛れがなければ自然は何も作らなかったと言いました。もしすべての素粒子が均等に、エントロピーの法則通りに拡散していれば、この世界は、僕らは存在できなかった。法則に抗った粒子があったからこそ、偶然にも、いや必然かもしれませんが、僕らはここにいて、こうしてネットワークを、テクストを介して出逢うことが出来たわけです。人間だって同じ、みんなと違う時間を過ごそうと志向することは、世界を立ち上げて、開いていく可能性に満ちています。違うからこその未知です。というわけでこのご縁が、みなさんと僕の未来に想定外の彩りを添えられることを楽しみにしつつ、どうぞよろしくお願いします。
◆海外と日本、どちらを選びますか?
さて、ギャップイヤーというと国際的なイメージがあります。僕の会社も一般的な学歴に拘らず、学生時代から海外を飛び回って、自分のやりたいことを見つけたメンバーが多いのですが、僕自身は海外に出ることは後に回した人間です。語学に堪能でなかったと言うこともあったのですが、何よりも、日本には問題が山積している、と感じたからです。教育の問題、自殺の問題、新卒採用のシステムなどもそうです。海外へ行けば様々な価値観に触れ、カルチャーショックを受けることは想像出来ました。しかし、その時の自分がそのカルチャーショックをプラスに転じることが出来るのか疑問だったんです。自己満足はするだろうと思いました。でも、日本の問題から目を逸らしてしまうことにもなるのではないか、そうなることは果たして社会的に意味があるだろうか、少しでも日本の役に立つだろうか、って考えてしまったんです。みなさんはどうですか?
◆日本を誇りに思えますか?
僕は日本が好きです。なぜか。もちろん日本しか知らないからかもしれません。でも、日本で生まれた僕は、日本を誇りに思って生き、そして死にたいという感覚がありました。海外を飛び回る友人達が日本のことを良く言っていなかったことも、その感覚に拍車をかけたのかも知れません。最初は、日本は手前味噌を嫌いますから、自分の国のことを良く言わないのかな、と楽観的に考えていたのですが、どうも違う。日本のことをみんな、知らない。文化も芸術も歴史も、教科書に書いてあった記号的なことしか知らないんですね。ああ、これはまずいな、って思ったんです。それじゃあ、日本を誇れるはずがない。日本の文化って言ったって、別に伝統芸能や古典芸能だけが日本の文化ではありません。今、まさに僕らの思考や生活に、「日本流」があるんです。そのことをもっと知って、伝えたいと思ったんですね。あとは、事情があって日本から離れられない人も居る。留学を諦めて、就職という話も良く聞きました。僕は日本に居たって、出来ることは沢山あるだろうと考えたんですね。[次ページへ]
◆日本の価値観で、日本の方法を伝えるためには?
そういうわけで、僕は日本で研究をしながら、それを伝える活動をするために、予備校講師をしたり、イベントを企画したり、私塾
やラジオ局を開いたのですが、幾つかの拘りがありました。一つは特定の宗教に属さないこと。もう一つは特定の大学や学会に属さないということです。日本というのはとても特殊な国で、新渡戸稲造が『武士道』を書かざるを得なかったように、道徳を教えるための絶対的な足場が無いんですね。この国で暮らす多くの人にとって、神が命じた善などないんです。ですから僕自身もそういう宗教的な足場や学会などの権威を持たず、あくまで哲学的に、全体的、博物学的に、しかし個人として、誰にでも同じ目線で話が出来るような多様な方法を身につけたいと思ったわけです。それが日本流なのかも知れないと思いましたし、大袈裟なことを言えば、世界平和への直観でもあったのです。
◆どんなキャンバスを用意しますか?
「日本を今一度せんたくいたし申候」とは、坂本龍馬が長州の無茶な攘夷戦争に対しての憤りと決意を姉、坂本乙女に宛てた手紙の中の言葉です。龍馬が日本を洗濯したいと思ったのも、彼が日本人だったから、というだけではない気がします。龍馬ほどの柔軟で広い視野を持っていれば、日本に拘る必要は無かったのではないでしょうか、しかし彼は日本を選択した。そこには命を賭けて守るべき何かがあったからだろうと感じます。明治以降、西洋的であることがもてはやされ、日本的なことが髷と一緒に切り落とされてしまった気がします。しかし、今また改革が求められ混迷する日本を、もう一度見つめて、再発見しようとすることは、自分自身を発見し、国際的な価値観を養う一つの方法ではないかと思います。そして、そういう気持ちを持って海外と接すること、鳥の目と虫の目で同時に世界をみることで、もっと楽しく、希望に溢れる人生を送れるような気がしています。タブラ・ラサとはまっさらな白紙のこと。人生の絵を描くには、まずタブラ・ラサが必要です。そんな時間が、ギャップイヤーにはある気がしています。このコラムでは、みなさんがキャンバスを作り、そして用意したパレットに、少しだけ絵の具を加えるお手伝いが出来れば幸いです。
■プロフィール
矢萩邦彦
(ヤハギクニヒコ)
株式会社スタディオアフタモード 代表取締役 CEO
松岡正剛師より拝命した日本初の結合術師【アルスコンビネーター】。活動ポリシーに「シュールパシフィズム」を掲げ、アート・ジャーナリズム・教育の相互デザイン、言葉とイメージによる存在学の構築・ジャンルを越境したプロデュースを中心に創作・研究・講演・講義・著述・批評・写真・ラジオやイベント・学習カウンセリング・ライフプランニングなど多岐に冒険中。吟遊詩人・俳諧師として、方法的俳諧復興活動にも力を入れている。俳号は道侠。
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矢萩邦彦責任編集『週刊AFTERMOD E-PRESS』 http://www.aftermode.com/press/
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