”禅問答の休学生活”/松本陽さん(一橋大学)【ギャッパーインタビュー32】

Check 禅問答の休学生活 松本陽さん/一橋大学社会学部5年生(休学期間:2010年10月~2011年9月) 今回は一橋大学5年生の松本陽さんにお話を伺いました。松本さんは大学1・2年生次は様々な課外活動に熱中され、大...

禅問答の休学生活

松本陽さん/一橋大学社会学部5年生(休学期間:2010年10月~2011年9月)

今回は一橋大学5年生の松本陽さんにお話を伺いました。松本さんは大学1・2年生次は様々な課外活動に熱中され、大学での授業には殆ど興味を持たれなかったとのこと。ところがあるキッカケから、休学してまで大学の授業に出席する決意をされます。どのような心境の変化があったのでしょうか…?

【休学前】勉強そっちのけで課外活動に

編集部( 以下 編 )>どのような分野に関心があり、現在の大学に入学されたのでしょうか?

松本さん( 以下 松 )>詳しい経緯は省きますが、日本の学校教育に関心があり、文部科学省の官僚になろうと決めていました。そのために東大の文科Ⅲ類を目指して勉強していたのですが、教師として現場の厳しさを知る両親からは強い反対を受け、教育よりも経済だということで、ビジネス分野に強い一橋大学を勧められていました。前期試験はそれを押し切って東大を受けたのですが不合格。後期試験で一橋大学の商学部を受験・合格し、色々葛藤はありましたが最終的に進学することを決めました。

編>第1志望の大学ではなかったのですね…。-大学入学当初はどのような生活を送っておられたのでしょうか?

松>ダメな大学生でしたね(笑)。文Ⅲに進めなかったことで落ち込んでいましたし、商学部の授業にも興味が持てず、はっきり言ってサボっていました。授業には出席しない、テスト前になると友達からノートや過去問をかき集めるような典型的なダメ学生で、時間の大部分は課外活動にあてていました。教育系のベンチャー企業の立ち上げに関わったり、政治家の方の事務所でお手伝いをしたり、学園祭の実行委員も務めたり。そっちの方が大学の授業よりも楽しいと当時は思っていたので。3年次の夏からは官僚になるための試験である国家公務員Ⅰ種(以下 国Ⅰ )の試験勉強に専念すると決めていたこともあり、それまでは徹底的にそうした課外活動に没頭しようと思っていました。

一橋大学のキャンパスです

 

 

【休学直前】授業の面白さに気づいた

編>そんな生活を送ってこられて、突然授業への興味が目覚めたきっかけは何だったのでしょうか?

松>突然というわけではなく、2年次の秋頃から何となく「このままでいいのか」という漠然とした思いはありました。授業そっちのけで課外活動を頑張り、残りは国1の勉強をして合格して卒業するプランでしたが「あれ?これでいいんだっけ?」と。そうした漠然とした気持ちが明確になったのは3年次に上がったころでした。教育系の授業やゼミを受講できる社会学部へ転学部できたことが大きかったのですが、もう1つ、好きな人ができたんですよね(笑)。いえ、真面目な話なんですけど、その人は僕と正反対のタイプで、大学の授業にきちんと取り組んでいました。参考文献なども読んでいたり、試験勉強もちゃんとやってレポートも真面目に書いている。当たり前のことなのかもしれませんが、当時の僕としては単純に「すごいな」と思いました。まあそんなわけで、話す話題が欲しくなって授業に出るようになりました(笑)すいません…(笑)

編>なるほど(笑)下心があったということですね。

松>最初は不純な動機だったかも知れませんが、授業で先生の話を聞くうちに、授業の面白さが感じられる瞬間が増えていきました。参考文献を読んでから授業に出ると、より理解しやすくなったり、自分の態度次第で授業中の面白みは増すんじゃないかと。そうした中で、自分が漠然と抱えていた不安感はこれだと思うようになりました。大学の勉強に対するそれまでの自分の態度から来ていたのではないかと。自分の関心ある分野じゃないからと努力をしないまま逃げるのではなく、しっかり授業に対して真摯に向き合えば、それまでと違う感覚を感じられるのではないか、今まで知らなかった楽しい世界がもっと広がるんじゃないかと思いました。その経験をしないのはもったいないなと。ところが、それに気づいたの頃にはもう3年次の夏になっていて…。国Ⅰの試験勉強に専念すると決めていた時期であり、それにプラスして大学の勉強に割く時間は作れない状況でした。あれ、就職活動もしなきゃだよな。ちょっと待てどう考えても時間が足りないぞと。そうした中で「卒業を1年延ばす」という考えが自分の中に起きてきました。


休学を決めた時に購入した勉強机です。それまでは部屋に机すらありませんでした...

 

【休学選択時】自分だけがおかしいわけじゃない

編>大学生活を延ばす手段として考えられたのは休学だけだったのでしょうか?

松>手段として、休学・留年・大学院への進学、この3つの選択肢が考えられました。その中で、休学した場合は学費を納めなくても良いということを知り、親に負担をかけたくないこともあり、休学にしようと。ただ「大学の勉強をするために休学する」なんて前代未聞だと周囲から散々言われましたし、だいたい、そんな理由で大学が休学を許可してくれるのか大いに不安でした。なので、ひとまずは休学申請を出して、審査が通れば休学して、通らなければバイト等で学費を稼ぎながら留年しようと。自分の中では、働く覚悟はできていました。

編>休学を考えた時の壁は何だったのでしょうか?

松>2点あります。1点目は、今思えば非常に打算的な考えですが、「自分の商品価値が落ちるのでは」というのが悩みでした。休学を選択することで1年後の就活や国1の官庁訪問で自分の商品価値がどう変化するのだろうかと。実際、お世話になっていたある企業の人事の人からは「ブレやすいって判断されるかもね」という言葉も頂いたり…。ですが、一度しかない大学生活で何かやり残したことがあったまま卒業したくはないという思いが勝り、最終的には「そんな小さなことを気にする組織ならそれまでだ」と踏ん切りをつけました。

もう1点は両親に対してでした。どう伝えるか結構迷ったのですが、電話で話していた時に、高校・大学の友人が何人か休学したり留学で卒業を延ばすらしいという話になった時に「あんたはどうするの?」って聞かれて、「ああ……、実は俺もなんだよね」って(笑)。その時は驚かれましたが、父親が大学を6年かけて卒業していたこともあり「プラス2年までは構わない。でもそれ以降は自分で何とかすること。」という条件で許してくれました。

編>休学するという決断をした時、周りの人達の反応はいかがでしたか?


休学中に使用したノートとファイルです

松>一橋大学って大学を4年で卒業しない人が、実は25%もいるんですよね。あと、僕は関西の高校出身なんですけど、一緒に東京に出てきた30人くらいのうち、その時就職活動をしていたのは何と1人だけ(笑)。留学・留年・休学・再入学等、みんなそれぞれ思い思いの道を進んでいました。「なんだ、4年で卒業しない人って意外といるじゃん」と、それで自分がしようとしていることに自信を持てました。また、知り合いの方の紹介で、当時文部科学省の副大臣をされていた鈴木寛さんとお話しさせて頂く機会があり、そこで「大学を休んで大学に行く…まるで禅問答のような生活だけど(笑)、僕は松本君の選択を応援したい」と言ってくださり、とても励みになりました。あとは何より、大学の休学審査が通ったことですよね。大学の勉強をしたいから大学を休ませてくれなんて志望書を承認して頂いたときは、なんて心の広い大学だと思いました(笑)。

 

 

 

【休学中〜その後】休学してよかったと素直に思う

編>大学の授業に打ち込むとはどのような生活スタイルだったのでしょうか?

松>それまで関わっていた課外活動を一旦全て辞めて、いい加減に受けていた授業をもう一度受け直しました。既に単位は取得していますが、中身はほとんど何も覚えていなかったので。授業に出席し、終われば図書館に直行して閉館まで自習。大学の教室と図書館を往復する、ただそれだけの日々を1年近く続けていました。僕のあまりの変わりように、周囲から心配される程でしたね。松本は何があったんだ、頭がおかしくなったんじゃないかと(笑)。担当の先生に事情を説明して、テストやレポート課題も受けさせていただきました。ほとんどの先生が「真面目に受けてくれるんだったらいいよ」と仰ってくださり、本当に有難い限りでした。
編>休学してよかったですか?

松>素直にそう思います。大学の授業に1年間真剣に取り組み、面白い!と思ったものから、やはり結局あまり興味を持てなかったものまで色々な授業がありましたが、知識が増えたとかそういうことよりも、大学の勉強に打ち込むという経験をやり残したまま卒業せずに済んだことが何よりですよね。休学せずに国1の勉強に打ち込み、仮に合格して卒業していたとしても、自分の中にどこか悔いは残っていたでしょうし。それを残さない状態にできたということが、自分にとって何より大きなことだったという風に思います。

あ、あとその休学するキッカケのひとつになってくれた子とは、その後付き合えました(笑)。それも、休学してよかったことの一つ…なのかもしれないですね(笑)

編>進路の考え方に変化はありましたが。一般企業に就職されるということは官僚の道は諦められたと…?

松>諦めたということではないのですが、1年多く時間ができたことで、自分のことをより深く振り返るようになりました。これも休学した収穫だったと思います。端的にいうと、自分は本当に官僚じゃなきゃいけないのかと問い直した時に、自分がやりたいと思っていることは民間でもできるという結論に至ったということです。休学生活が終わった後、今年の2月くらいまでは国1の勉強をしていたのですが結局受けませんでした。受けなかったのならわざわざ休学して時間作らなくてもよかったんじゃんって意見もありますが、それは結果論です。

編>最後になりますが、これからの大学休学・日本のギャップイヤーの在り方についてどのような考えをお持ちでしょうか?

松>ギャップイヤーの意義とかは人それぞれですから、全ての人が経験する必要があるとは思いません。その人に後悔が無いならそれでいいと思いますし、金銭的な負担も考えると4年で卒業できるならそれがベストだと今でも思っています。僕だって、大学に入った時からちゃんと勉強しとけよってだけの話ですし。ただ、何か事情があってどうしても時間が欲しい(ギャップイヤーを使いたい)となった時に、「大学を4年で卒業しないなんて不良のやることだ」みたいな空気がもしあるとするならば、そこは変わってほしいなあとは思います。その人が熟考した末に決めたことに対して「そこまで考えて決めたのならやってこい!」と背中を押せるような社会の方が僕は好きなので。

休学していた大学の友達でキャンプ

<プロフィール>
松本陽(まつもとよう)
一橋大学社会学部5年(休学期間:2010年10月~2011年9月)
京都府出身、洛南高等学校卒。2008年、一橋大学商学部に入学。2010年4月より同大学社会学部に転学部し、その後1年間の休学を経て2013年4月より株式会社リクルート勤務予定。
休学中の主な活動:大学での授業に専念
facebook : http://www.facebook.com/you.matsumoto.39